旭化成が現場主導で推進するプラント業務のDX 〜 INTEGNANCE VRで安全・安心・効率化を実現~

旭化成株式会社
住所
東京都千代田区有楽町一丁目1番2号 日比谷三井タワー
Web
https://www.asahi-kasei.com/jp/
設立
1931年5月21日
事業
旭化成グループは、「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域で、事業持株会社である旭化成株式会社と7つの事業会社を中核に事業を展開。

旭化成グループは、「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献します」というグループミッションのもと、「持続可能な社会への貢献」と 「持続的な企業価値向上」という2つをサステナブルに好循環させることを目指しています。2030年に向けては、「モビリティ、ライフスタイル、ヘルスケア、エネルギー、環境・資源」の5つの価値提供分野のさらなる成長を推進しながら、「DX Vision 2030」として「デジタル技術を活用し、人々の暮らしと地球の未来に貢献すること」を掲げ、社会課題の解決に向けて取り組んでいます。 

同グループのマテリアル領域を担う旭化成千葉工場は、ポリスチレンおよびアクリル樹脂製品の製造拠点として、高品質な製品を提供しています。ポリスチレン事業は、PSジャパン株式会社(旭化成株式会社と出光興産株式会社の合弁企業)が運営しており、同社はポリスチレン樹脂の高い生産能力を誇ります。 

同社のDX推進の特徴には、「全員参加」×「現場主導」×「共創」の3つのキーワードが挙げられます。千葉工場においても、現場が主体となり変革を進める思想を重視し、ポリスチレンの製造を担うPS製造課では製造現場の業務課題を解決するため、DXによる業務革新に取り組んでいます。 

その一環として、2022年度にはデジタルプラントのUI/UX向上を目的に、日揮グループのブラウンリバース社が提供する3Dビューア「INTEGNANCE VR(インテグナンスVR)」を導入しました。今回は、「INTEGNANCE VR」を導入した背景やその効果について、「現場主導」のDX活用推進をリードする千葉工場PS製造課製品係長の永井貴之氏に話を聞きました。通常の現場業務に加えて、DX推進にも当事者意識を持ち積極的に取り組む大変さがある一方、「現場主導」だからこそ現場の意向を反映しやすいというメリットについても語ってくれました。

現場の声を反映させた「INTEGNANCE VR」導入の狙い 

PS製造課では、現場の安全性向上や業務効率化を目的として「INTEGNANCE VR」を導入しました。ここでは、具体的な狙いと、その効果について3つの観点で紹介します。

➀ 3次元空間での対象範囲の把握が、安全な工事・作業計画の鍵

PS製造課のVR導入は、現場の安全性向上を目的として始まりました。従来の工事計画では、2次元のP&ID図面(配管計装図)をベースに、現場写真などの情報を照合しながら安全対策を進めることが多く、多大な労力を要していました。また、P&IDだけでは現場の高低差やデッドスペース(液溜まり部)の把握が難しく、液抜き作業での見落としリスクが存在しました。そのため、万が一の場合、液抜き作業や配管開放時に危険物流出の恐れがあったのです。さらに、古いプラントであるため、工事計画段階でのリスクアセスメントが現場の実態と合致しない場合もあり、永井氏は「従来の2次元図面をベースに、安全対策を続けることに限界を感じていました」と語ります。

そこで、2次元図面では把握しきれなかった現場の高低差やデッドスペースを3次元で可視化し、工事計画のリスク低減を図ることが、「INTEGNANCE VR」導入の重要な狙いの一つとなっています。

➁ 3Dモデルでリスクを可視化し、共通認識を強化

「INTEGNANCE VR」は、PS製造課だけでなく、工事関係者間での危険予知(KY)活動やミーティングの高度化にも一役買っています。

「従来の危険予知活動は、ホワイトボードに図面や手順を書き出し、注意すべき箇所を指摘する方法が主流でした。しかし、この方法では、現場の立体的な構造や、複雑な配管経路を正確に把握することが難しく、関係者で具体的なイメージを共有する上で課題がありました」(永井氏)

現在では、「INTEGNANCE VR」の3Dモデルを大型スクリーンに投影し、関係者同士で共有しています。具体的な現場状況を同じ視点で確認することで、リスクに対する共通認識を持つことができています。現場状況の正確な共有、参加者間の共通認識の醸成、リスクの可視化、効果的な対策立案を実現するツールとして「INTEGNANCE VR」が活躍しているのです。

(※会議室にて「INTEGNANCE VR」の3Dモデルを活用し、リスクのある箇所をチェックする様子)

➂ 情報の一元管理で検索時間を削減し、業務効率を向上

千葉工場では、プラントに関する情報が様々な場所に分散していることが課題になっていました。例えば、機器情報、図面データ、安全管理に必要な配管情報などがそれぞれ異なる場所に保管されており、必要な情報へのアクセスに多くの時間と手間を要していました。このような非効率な情報管理は、業務効率の低下や情報共有の遅延、意思決定の阻害要因となってしまっていたのです。「INTEGNANCE VR」の導入後は、まずはスモールスタートで自分たちができる範囲から情報を集約し、改善を進めることで効果が得られたと永井氏は説明します。

「『INTEGNANCE VR』に機器リスト情報を登録し、電子図面へのリンクを追加することで、必要な機器情報に簡単にアクセスできるようになりました。情報検索の容易性を実現できたと感じています」(永井氏)

現在、千葉工場では製造エリアと用役エリアを3Dモデル化。PS製造課の管轄範囲の大部分を「INTEGNANCE VR」上で確認できています。将来的には、プラント全体の3Dモデルをベースに、機器情報、図面、配管情報、計器情報など、あらゆる情報を「INTEGNANCE VR」に集約することを目指しています。

数ある3Dソリューションから「INTEGNANCE VR」を選んだ理由

3Dソリューションの導入にあたって、千葉工場では複数の製品を比較検討しました。評価の軸としたのは、「現場が本当にやりたいことを実現できるか」と「限られた予算・時間内でどこまで要望に添ってくれるか」の2点です。その結果、「INTEGNANCE VR」の導入を決めました。導入の決め手について、永井氏は次のように話します。

「最初に興味を持ったのは、A社の3D CADソリューションでした。しかし、このソリューションは点群データから全ての機器や配管をモデリングする必要があり、納期までが長く、費用も数千万円規模になることがわかりました。その導入ハードルの高さに悩んでいたところ、ブラウンリバースの『INTEGNANCE VR』に出会いました。『ファストデジタルツイン』と謳っているように、プラント全域の撮影が約1週間で完了し、費用も現場側で意思決定できる範囲内という魅力的なオファーでした。その手軽さは、我々にとって大きなメリットでした」(永井氏)

千葉工場では「INTEGNANCE VR」の導入を決定しましたが、導入検討当初は機能面に不安を感じていたと、永井氏は振り返ります。

「製造課ではP&IDを片手に現物を確認する業務が多く、特に高所やフロア貫通部の配管ルートの確認には時間を要していました。そのため、3Dベースで業務を実行するには、高い再現性を持つ精緻な3D CADが不可欠だと考えていました。「INTEGNANCE VR」は迅速に3Dモデルを構築できる一方で、再現性は約8割という新しいアプローチでした。モデル構築のスピードとコストのメリットがある一方で、ポンプの下などカメラのレーザーが届かない死角部分では、モデルが欠損してしまうと思っていたのです。しかし、「INTEGNANCE VR」独自の『配管NAVI』機能を目にしたことで、その懸念が大きく解消されました。この機能を使えば、欠損したモデル部分にも人工的に線を引き、配管のラインを正確に追うことができると希望が見えてきたのです」(永井氏)

さらに、ブラウンリバースは、プラント・施設のEPC事業および保全事業を手掛ける日揮株式会社からスピンアウトしたスタートアップ企業です。永井氏は、この点についても期待を寄せていました。

「スタートアップだからこそ、我々の改善要望を柔軟かつタイムリーに受け止め、なおかつ現場目線で開発に反映してくれるだろうと感じました」(永井氏)

実際、スピードとコストのバランス、そして柔軟な開発対応が「INTEGNANCE VR」導入の決め手となりました。

デバイスにとらわれない撮影方法、セルフ撮影PoCに協力

ブラウンリバースでは撮影機材として、高速かつ高品質に3Dデータ化できる移動式計測デバイスや、高所・狭所にも対応できる軽量化された小型デバイスを利用しています。さらに、飛行型ドローンや水中ドローン、スマートフォンのカメラなど、環境に合わせてデバイスを柔軟に使い分けることができるのが特徴です。

「INTEGNANCE VR」では、より手軽に撮影データをセルフ更新できる環境を目指し、スマートフォンを活用したモデル構築に取り組んでいます。今回、千葉工場では、従来のデバイスではアクセスが難しかった槽内の撮影に、スマートフォンのカメラを活用しました。実際に体験した永井氏は次のように振り返ります。

「槽内は作業性が悪く、大掛かりな撮影器材を持ち込むのが難しいため、スマートフォンでの撮影は非常に適していると感じました。また、現場の設備改造で『INTEGNANCE VR』と実際の状況が乖離してしまっていた場合も、タイミングを気にせず再撮影ができる点が非常に助かります。現状は、足場工事のタイミングと再撮影を依頼するタイミングを被らないようにする調整が必要ですが、今後自分たちで必要性を感じた時にスマートフォンでサッと撮影できるのは、大きなメリットです。将来的には、従業員が現場巡回中に、ついでに再撮影ができてしまうようになれば、さらに利便性が高まると期待しています」(永井氏)

(※本画像はモデル更新時のセルフ撮影をイメージして生成AIで作成したものです)

「INTEGNANCE VR」に期待すること/今後の展開

「INTEGNANCE VR」の今後の開発に対して、永井氏は「配管NAVIとCADの連携」と「ロボットとの連携による現場巡視の自動化」の2点の実現に期待を寄せています。千葉工場では、本社のデジタル共創本部と連携し、4足歩行ロボットの巡回テストを実施。その実装に向けた課題の抽出を進めるなど、スマートファクトリーの実現に向けて精力的に取り組んでいます。

 「『INTEGNANCE VR』により3D上に情報を集約できるようになりました。しかし、P&IDが完全になくなることはないと考えています。そのため、『配管NAVI』とP&IDのより高度な連携を期待しています。現在もVR上に登録した『配管NAVI』とP&IDを紐づけることは可能ですが、例えば、VR上の配管をクリックすると、設計で使用するCADデータと連携し、対象の線分がハイライトされる仕組みがあるとさらに便利ですね。そうすれば、製造部門と設計部門とコミュニケーションが円滑になり、設計業務をさらに効率化できると考えています。また、現場オペレータの負荷軽減のため、4足歩行ロボットとの連携を強化したいです。VR上でロボットの巡視ルートを指定したり、巡視中の現在位置をリアルタイムで表示したりできるようになると嬉しいです。さらに、自動巡視で取得した計器の数値もVR上で確認できるようになれば、より効率的な現場管理が可能になると期待しています」(永井氏)

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<インタビューにご協力いただいた方について>

●永井氏

2017年旭化成株式会社へ入社。入社以来ポリスチレンプラントの技術スタッフとして生産能力増強等の技術検討業務を担当。2024年よりPS製品係長として製品の包装・出荷業務のマネジメントを行う傍ら技術スタッフ兼務として現場改善やDXを推進。

※インタビュー内容、役職、所属は取材当時のものです

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